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中臣清麻呂朝臣の宅にして宴する歌

はじめに
時 天平宝字二年(七五八)二月の宴席歌群/四五一四番歌の題詞に「十日」ということを考えると、二月一日から九日までの間/落梅の候/馬酔木の候
場 式部大輔中臣朝臣清麻呂の邸宅/平城京右京二坊二条/平城宮の西南にあたる/庭園ないしはそれに付随する施設での宴席/「うつろう花」と「常盤の松」「常盤の石」/池/庭の景を誉めることを通じ、主を讃える・・・庭園の文学
年齢 清麻呂五十七歳、家持四十一歳/清麻呂に対する敬慕の念

一、歌群管見
A   二月に、式部大輔中臣清麻呂朝臣の宅にして宴する歌十五首

(1) 恨めしく 君はもあるか やどの梅の 散り過ぐるまで 見(み)しめずありける
   右の一首、治部少輔大原今城真人

(2) 見むと言はば 否(いな)と言はめや 梅の花 散り過ぐるまで 君が来まさぬ
   右の一首、主人中臣清麻呂朝臣

(3) はしきよし 今日の主人(あろじ)は 磯松の 常にいまさね 今も見るごと
   右の一首、右中弁大伴宿禰家持

(4) 我が背子し かくし聞こさば 天地の 神を乞ひ祈(の)み 長くとそ思ふ
右の一首、主人中臣清麻呂朝臣
  
(5) 梅の花 香(か)をかぐはしみ 遠けども 心もしのに 君をしそ思ふ
   右の一首、治部大輔市原王

(6) 八千種の 花はうつろふ 常磐なる 松のさ枝を 我は結ばな
右の一首、右中弁大伴宿禰家持
  
(7) 梅の花 咲き散る春の 長き日を 見れども飽かぬ 磯(いそ)にもあるかも
   右の一首、大蔵大輔甘南備伊香真人

(8) 君が家の 池の白波 磯に寄せ しばしば見とも 飽かむ君かも
   右の一首、右中弁大伴宿禰家持

(9) 愛(うるは)しと 我が思(も)ふ君は いや日異に 来ませ我が背子 絶ゆる日なしに
   右の一首、主人中臣清麻呂朝臣

(10) 磯の裏(うら)に 常夜日来住(つねよひきす)む 鴛鴦(おしどり)の 惜しき我が身は 君がまにまに
右の一首、治部少輔大原今城真人
  

B   興に依り、各高円の離宮処を思ひて作る歌五首

(11) 高円の 野の上(うへ)の宮は 荒れにけり 立たしし君の 御代遠そけば
   右の一首、右中弁大伴宿禰家持

(12) 高円の 尾(を)の上(うへ)の宮は 荒れぬとも 立たしし君の 御名忘れめや
   右の一首、治部少輔大原今城真人

(13) 高円の 野辺(のへ)延(は)ふ葛の 末つひに 千代に忘れむ 我が大君かも
   右の一首、主人中臣清麻呂朝臣

(14) 延ふ葛の 絶えず偲(しの)はむ 大君の 見(め)しし野辺には 標(しめ)結ふべしも
右の一首、右中弁大伴宿禰家持

(15) 大君の 継ぎて見(め)すらし 高円の 野辺見るごとに 音(ね)のみし泣かゆ
   右の一首、大蔵大輔甘南備伊香真人


C   山斎(しま)を属目(しょくもく)して作る歌三首
  
(16) 鴛鴦(をし) の住む 君がこの山斎 今日見れば あしびの花も 咲きにけるかも
     右の一首、大監物(だいけんもつ)三形王(みかたのおほきみ)

(17) 池水に 影(かげ)さへ見えて 咲きにほふ あしびの花を 袖に扱入(こき)れな
右の一首、右中弁大伴宿禰家持

(18) 磯影の 見ゆる池水 照るまでに 咲けるあしびの 散らまく惜(を)しも
右の一首、大蔵大輔甘南備伊香真人       (巻二十の四四九六〜四五一三)

A   二月に、式部大輔中臣清麻呂朝臣の宅にして宴する歌
(1) 今城が、清麻呂に呼びかけた歌
(2) 清麻呂が、今城の歌(1)に答えた歌
(3) 家持が、清麻呂に呼びかけた歌
(4) 清麻呂が、家持の歌(3)に答えた歌
(5) 市原王が、清麻呂に呼びかけた歌
(6) 家持が、市原王と一座の人々を祝福する歌
(7) 伊香が、庭の景を讃え、間接的に清麻呂を讃える歌
(8) 家持が、庭の景を通して、直接的に清麻呂を讃える歌
(9) 清麻呂が、一同の歌に謝し、今後の厚誼を願う歌
(10) 今城が、清麻呂の謝辞を受けて、今後の厚誼を誓う歌
B   興に依り、各高円の離宮処を思ひて作る歌
(11) 家持が、高円離宮の荒廃した現在を述べ、聖武帝を追慕する歌
(12) 今城が、高円離宮が荒廃しても、聖武帝追慕の気持ちが不変なることを披瀝する歌
(13) 清麻呂が、高円の野の景を序とし、聖武帝思慕の永遠なることを披瀝する歌
(14) 家持が、清麻呂の歌(13)を受けて、聖武帝ゆかりの高円離宮を追懐する歌
(15) 伊香が、一同の気持ちが、亡き聖武帝に通じていることを述べ、自らの追慕の念を披瀝した歌
C   山斎(しま)を属目(しょくもく)して作る歌
(16) 三形王が、庭園の馬酔木の花を発見したことを披瀝した歌
(17) 家持が、水影に映る馬酔木の美しさに心ひかれたことを披瀝した歌
(18) 伊香が、池に映る馬酔木の美しさを述べ、それが散ることを惜しんだ歌

歌によって形成あるいは共有されたであろう心情
A歌群・・・主を讃える客の歌と、客の賛辞に答える主の歌で参会者が一体になる
B歌群・・・聖武帝追慕の念を参会者が再確認する
C歌群・・・馬酔木の花の美しさの発見し、季節の「うつろひ」を参会者が共有する
二、A歌群の庭園の景
歌われた清麻呂邸宅の景
梅・・・(1)(2)(5)
松・・・(3)(6)
馬酔木・・・(16)(17)(18)
鴛鴦・・・(10)(16)
池・磯・山斎・・・(3)(7)(8)(10)(16)(17)(18)
実際の季節は、落梅の季節から、馬酔木の季節へ/うつろいやすい花よりも、常盤の松と石で主の長久を寿を祈る・・・(3)(6)(7)(8)(10)/梅から松へ、松よりも磯へと讃える景が変化する/主の長久を寿を祈る客たちの文学

景を転じながら、主を寿ぐ宴席歌
少しずつの否定(釈注)・・・(5)→(6)→(7)/参集者の親和性/気のおけない仲間の宴

  五位以上の人五人のうち年長の清麻呂を中心に、気心合った者同士、慌しい世相の中を結束していこうとする心根が潜む 。              (青木他『集成』)

  今城に対する市原王、市原王に対する家持、この少しずつの否定、批判は、親和関係の上に成り立っている。ちくりちくりと刺し合いながら楽しんでいるわけである。風流を味わいながら、みんなで主人清麻呂の年長を寿いでいるのである。(伊藤『釈注』)

景を転じながら、それぞれの思いを述べてゆく宴席歌/歌われた順番を尊重する配列・・・前に歌われた歌を受けて、歌い継ぐ/「連歌」的世界の形成

おわりに
気のおけない仲間たちの賀宴/その中で今城が果たした役割・・・座を和ませながら、宴の歌の流れを作る/嘱目の景によって、気持ちを述べてゆく・・・「連歌」的世界/景を共有すること・・・「今」という時間を共有すること/庭園の景を使い思いを述べる/B歌群の聖武天皇追懐・・・高円山に集った記憶/記憶を共有しようとする歌/C歌群の馬酔木・・・庭園を讃えることによって主を讃える/天平貴族の「私」の世界

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