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万葉集の始まりの歌は…… 〜若菜摘みの歌〜

天皇の御製歌
  籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます子
  家告らせ 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ
  しきなべて 我こそいませ 我こそは 告らめ 家をも名をも
  (雄略天皇 巻一の一)

 新春の若菜摘みの行事に参加している娘たちの持っている籠とヘラを天皇が褒め、次には娘たちから名前を聞き出そう、とするところから、この歌は始まる。古代においては、男性が女性の「家」と「名」を尋ねることは、求婚を意味していた。家と名前を教える、ということは、結婚の前提となる「よばい」を受け入れることになるからである。それを、劇仕立てにしてせりふにすると、こんなふうになるであろう。

 見よ、大和はすべて私が君臨している国だ。すみずみまで、私が統治している国だ。それでは、私から名乗ろうぞ!家も、名も……。私の名は、泊瀬の朝倉の宮殿で天下を治めているオホハツセワカタケルノオホキミだ!

 つまり、この歌は大和の覇者・雄略天皇の名告りの歌なのである。おそらく、新春の若菜摘みは、大和王権においては豊作を祈る大切な農耕儀礼で、その儀礼には大王(天皇)が出座して、名告りを行う─ということが毎年行われていたのだろう。そして、その場で若菜を食することが、大和に君臨する大王の統治を表象する儀礼となっていたものと思われる。統治する土地を代表する美しい娘子を妻とし、その土地で生産された食物を食べることが、その土地の統治を目に見える形で表象することになるからである。

 しかし、不思議なことに、プロポーズの結果は、この歌からはわからない。振られたのだろうか。そんなことはあるまい。儀礼や劇ならば、娘たちが寄り添う姿を見せれば、事足りることである。つまり、この歌は大和王権の新春の儀礼の台本のような役割を果たす歌だった、とも考えられよう。

 この歌を口ずさんで、この春、若菜摘み……ぜひ、ぜひ。

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