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ある愛のかたち 〜大伴家持の恋歌〜

大伴宿禰家持が紀女郎に贈る歌一首
  鶉鳴く 故りにし郷ゆ 思へども なにそも妹に 逢ふよしもなき

  紀女郎が家持に報へ贈る歌一首
  言出しは 誰が言なるか 小山田の 苗代水の 中淀にして
  (巻四の七七五・七七六)

 大伴家持には、年上の恋人がいた。しかも、その年は十五も違う人妻である。名前は、紀女郎。おそらく、年上の彼女は、美貌だけでなく、知性も備えていたのであろう。この歌が取り交わされたとき、家持は、二十四、五歳、紀女郎は四十歳前後と考えられる。当時の逢瀬は、男性が女性の家に訪ねてゆくのが一般的。だから、女性はひたすら待つのである。家持は、最近ごぶさた続きの彼女に意を決して、歌を書いて贈った。

 今となっては、鶉が鳴くような古びた里となってしまった奈良、その奈良に都があった時分から、ずっとずっと思い続けてはいるのですが……どうしてこんなにもアナタ様に逢う機会をつくれないのでしょうか。

 アナタとは、前からの付き合い。でも、今はどうしても時間が取れません……というイイワケの歌である。もちろん、紀女郎は言い返す。

 ならば、ならば、お聞きしてよくって、初めに言い寄ってきたのは、いったいどこのどなたでしたっけ……お山の田圃の苗代水は水路が長い、だから中淀が多いというわけではないんでしょうけど、私の家にはごぶさた続きの中淀になったりして!

 「小山田」、つまり山にある田圃では、水路を長くして、温めた水を苗代に入れる。冷たい水は、苗に有害だからである。このような長い水路には「中淀」ができやすくなる。その中淀で水が止まるように、最近は私の家に来てくれませんね……と問い詰めているのである。家持は、まるで年上のおばさんに甘えているようである。愛には、いろいろなかたちがある。しかしこの勝負、どう見ても、家持には勝ち目がないようだ。

 本居宣長は今の倫理や道徳で古典の男女関係を論じることの愚かさを説いているが、万葉を学ぶということは、さまざまな愛のかたちを学ぶことでもある。もし、私に渡辺淳一のような文才があれば、二人を主人公にして、万葉ロマンスを書けるのだが……。
  読者の皆さんは、この歌に何を学ばれますか?

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