将来云毛 不来時有乎 不来云乎 将来常者不待 不来云物乎
(大伴坂上郎女 巻四の五二七)
恋をした。恋文を書くことにしよう。
英語で書けば「I Love You」だろう。でも、私は、日本語なら「おれ、君のこと愛してるんだよ」と気取って書けるし、わが郷里の九州弁で「おれくさ、アンタンこつ、愛しとるとばい」とも書ける。それは、日本語が私の母国語であるからだ。
母国語を、それを書き留めるにふさわしい方法で、表記できる。今となってはあたりまえのことだが、その陰には、万葉びとの計り知れない努力があったのである。仮名が発明されて、日本人は初めて自由にその思いを書き留めることができるようになったのである。これが文字文化のインフラである。日本はそういうインフラ整備を最も早く進めた国であると言えるだろう。世界最古の長編小説を紫式部という女性が十一世紀初頭に書いたことは、そのインフラ整備がそこまで進んでいたことを表している。七世紀と八世紀を生きた万葉びとは、外国の文字である漢字で、母国語を書き表す工夫を重ねて……万葉仮名を発明した。
ところで、冒頭に挙げた万葉仮名はどんな歌か?最近ごふさた続きの恋人に思いを伝え、「ちくり」と針で刺した「おんな歌」である。
来むと言ふも 来ぬ時あるを 来じと言ふを 来むとは持たじ 来じと言ふものを
女子高生のEメール風に訳してみると、こうなる。現代の日本語表記の見本として。
来ようと言ったって 来ない時があるのにさー…… 来ないって言ってるのを
来るだろーなんて思って 待ったりはしませんよーダ。
来ないよって、アナタが言ってるのに─。(ことに「のに」は強く読みたい)
家族や会社、そして役所で使われている日本語。生き生きと輝いていますか?
言葉、この浮気もの。
言葉、この歴史的なるもの。
そして、最も大切なもの。 |