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山のしずく

【歌】
  吾を待つと 君が濡れけむ あしひきの 山のしづくに ならましものを
  (石川郎女 巻二の一〇八)
【訳】
  私を待つと アナタが濡れた あしひきの山のしずくに なれたらよかったのに

四曲屏風一隻の大作で、日本美術院同人の高橋秀年さんの手になる一作です。大津皇子と石川郎女(いしかわのいらつめ)の恋物語を描いたこの絵は、所蔵作品の中でも人気のある一作となっています。絵の制作に立ち会うことは無かったのですが、私には当該の絵に一つの思い出があります。歌では、石川郎女に逢えない嘆きを述べる皇子に対して、郎女はそれを気に留める風でもなく、受け流しています。つまり、二人は逢えなかったのです。悲劇の皇子の切ない思いと、皇子の将来を知ってか知らぬか、逢瀬の約束を果たさなかった郎女。ところが、何と絵では二人は逢っているではありませんか。

 一目見た私は、思わず叫んでしまいました「しまった! 絵の意味取り違えている。いったい、この責任は誰が?」と。すっかり、動転してしまったのを覚えています。しかし、それはあっさり杞憂に終わりました。添えられていた「画家の言葉」にこうあったからです。

  恋の成就をお手伝いするような心境で、演出しました。幻のデートです。
高橋さんは、歌の意味を正しく理解した上で、屏風の上で千三百年ぶりに二人をデートさせたのです。逢えなかった二人に対する粋な計らいです。あぁーなんと、研究者というのは、愚かなんだろう。解釈の当否だけで私は絵を見ていたのでした。なんと情けないことか? 一枚絵から私はその非才を恥じたのでした。歌の思いと画家の思いを重ね合わせて、万葉日本画を見る。これも万葉日本画をみる楽しみの一つです。


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